続:第2弾JICPA緊急開催シンポジウム「不正に対応した監査の基準の検討に向けて」に出席しました

日本公認会計士協会が主催した緊急シンポジウム「不正に対応した監査の基準の検討に向けて(第2弾)」に関する前回記事の続きです。

今回は後半の日本会計士協会が用意した資料を使いながら実施したパネルディスカッションを中心に、個人的に印象に残った点をまとめます。

  • 今回の基準案は財務諸表監査の目的を変更するものではない
  • 不正リスク対応基準の位置づけと実務指針の関係
  • 取り扱う不正の範囲は広がらない
  • 不正リスク対応基準が日本特有の基準であるという一面
  • 不正の疑わしさの程度=主観的なもの
  • 職業的懐疑心を「発揮する」「高める」と監査基準でいう「中立的な立場」との関係
  • 職業的懐疑心を「発揮する」「高める」と監査人の「工数」との関係
  • 協会会長による総括

今回の基準案は財務諸表監査の目的を変更するものではない

パネルディスカッションの冒頭で考え方案から基準案になったときの印象を聞かれた監査担当常務理事(部会の臨時委員でもあります)が「説明の仕方が変わったなという印象を受けました」とのコメントがありました。

考え方案に対して多くの公認会計士が持った懸念の一つに、不正リスク対応基準がともすると財務諸表監査の枠組みを超えるのではないか、というのがありました。

基準案では不正リスク対応基準が既存の財務諸表監査の目的を変えるものではないことが前文において明確に述べられました。

(1) 財務諸表の虚偽の表示は、不正又は誤謬から生じるが、本基準においては、監査人が財務諸表監査において対象とする重要な虚偽の表示の原因となる不正について取り扱う。・・(中略)・・・したがって、本基準は、重要な虚偽の表示とは関係のない不正は対象としていない。

(2) 本基準は、財務諸表監査における、不正による重要な虚偽表示のリスク(以下「不正リスク」という。)に対応する監査手続等を規定しているものである。本基準は、財務諸表監査の目的を変えるものではなく、不正摘発自体を意図するものでもない。

(前文二2より引用、一部抜粋)

財務諸表監査における監査報告書の適正意見には、不正による重要な虚偽の表示がないことも含まれますので目的に変更なしということです。

不正リスク対応基準の位置づけと実務指針の関係

前回のシンポジウムにおいても不正リスク対応基準が既存の基準・実務指針の体系の中にどのように組み込まれるのか整理が必要であるとの問題提起がありましたが、基準案では不正リスク対応基準が、独立した基準でありつつも、一般に公正妥当と認められる監査の基準を構成するものであることを説明しています。

まず独立した基準とするか否かについてですが、前回のシンポジウムにおいても既存の実務指針に規定しているものを見直す(=実務指針に委ねる)ことで充分ではないかとの意見がありました。基準案では独立した基準とする理由として次の2点をあげています。

(2)監査基準は、財務諸表の種類や意見として表明すべき事項を異にする監査も含め、公認会計士監査のすべてに共通するものである。これに対し、本基準は、前述のように、金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業に対する監査に限定して実施すること、不正による重要な虚偽表示のリスクに対応するために特に監査人が行うべき監査手続等を一括して整理した方が理解しやすいと考えられることから、現行の監査基準、監査に関する品質管理基準(以下「品質管理基準」という。)からは独立した基準とすることとした。

(前文二3(2)前半より引用)

この点に関しては、協会会長の挨拶の中でも触れられ、日本の資本市場の信頼性を傷つけたことによって持たれた不信感に対する監査サイドとしての答えを内外に示さなければいけないこと、監査部会での各界の意見を真摯に受け止める必要があること、対象企業が限定されることから別だての方が運用しやすいことから、独立した基準にする方が良いとのコメントがありました。

次に基準・実務指針との関係ですが、基準案には次のように説明があります。

(2)・・・(前略)・・・しかしながら、本基準は、独立した基準といっても、監査基準及び品質管理基準とともに、一般に公正妥当と認められる監査の基準を構成し、監査基準及び品質管理基準と一体となって適用されるものであることは言うまでもない。また、本基準の実施に当たっては、日本公認会計士協会の作成する実務の指針と一体となって適用していくことが必要である。
(前文二3(2)途中より引用)

この点に関して、監査担当常務理事より不正リスク対応基準は監査基準の一般基準3と4、6と7をそれぞれ(後2つは品質管理基準を間において)具体的に展開した詳細基準と捉えるとともに、実務指針の上位すなわち基準と実務指針の中間に位置づけられると説明がありました。これにより不正リスク対応基準に対応して、既存の監査基準委員会報告書などにも改正が必要となってきます。

取り扱う不正の範囲は広がらない

考え方案が出たとき財務諸表監査で取り扱う不正の範囲が今よりも広がるのではないかという懸念もありましたが、基準案でいう「不正リスク」はその前文でも触れられているとおり、「不正による重要な虚偽表示のリスク」の略称であり、監査担当常務理事から既存の監査基準員会報告書240で定義している監査の対象となる重要な虚偽表示の原因となる不正との関係について会計士協会が用意した資料に基づいてわかりやすい説明がありました。今回の基準案の意図を監査人に正確に伝えるためには、この監基報240との対応関係については示すことが重要になります。

不正リスク対応基準が日本特有の基準であるという一面

基準案と監基報240の対応関係が重要と言いましたが、例えば、基準案の付録2と監基報240の付録3の関係整理がその一つです。どちらも過去の日本における不正事例を分析して、不正による重要な虚偽表示が存在している可能性を示唆する状況として例示列挙したという点では共通しています。監査人が当初のリスク評価に基づいて策定した手続を実施していく過程で例示された状況に遭遇したときに警報を鳴らすことを意図しています。

一方で基準案の付録2は「重要な」虚偽表示が存在している可能性が高いものに事例が絞りこまれている点で監基報240の付録3と相違します。また、基準案の付録2では該当する状況に遭遇した場合、経営者に質問して説明を求め、それが入手した監査証拠と照らして合理性がないと判断した場合、「疑義」として扱うことを求めているのに対して、監基報240は付録3に該当する状況に遭遇した場合、リスク評価の妥当性と追加手続の必要性の判断に当たり考慮するよう「注意喚起」するにとどまっています。

今後改正する監基報240の付録3のイメージについて触れられましたが、基準案の付録2と既存の監基報240の付録3をPARTを分けて、要求事項を書き分ける必要があるとのことでした(ISA、PCAOBとも違う点で日本特有)。

不正の疑わしさの程度は主観的なもの

基準案と監基報240の対応関係について、もう一つ論点として出ていたのが「不正の疑わしさの程度」の関連付けです。監基報240の中では次の3段階で不正の疑わしさの程度を表しています。

  1. 不正による重要な虚偽表示の兆候を示す状況の例示に該当
  2. 不正が存在する可能性があることを示す情報あり(適切な階層の経営者に伝達)
  3. 不正の疑いあり(監査役等に伝達)

この「不正の疑わしさの程度」はある種主観的なものですが、監査担当常務理事から説明では、基準案の中における2つの不正の疑わしさの程度をそれぞれ上記監基報240の不正の疑わしさの程度と次のように対応付けをしていました。

  • 不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況->上記2に相当
  • 不正による重要な虚偽の表示の疑義->上記3に相当

1->3になるにしたがって、不正の疑わしさの程度は高くなるのですが、上のように基準案では監基報240よりも一段レベルを上げていると考えています。なお、この関連付けについてその場で金融庁の企業開示課長に理解違いがないか確認を求めていましたが、問題ないとの回答でした。

職業的懐疑心を「発揮する」「高める」と監査基準でいう「中立的な立場」との関係

基準案では最初のセクションに「職業的懐疑心の強調」があります。この職業的懐疑心は現行の監査基準においても「職業的専門家としての正当な注意を払い、懐疑心を保持して監査を行わなければならない」「職業的専門家としての懐疑心をもって、不正及び誤謬により財務諸表に重要な虚偽の表示がもたらされる可能性に関して評価を行い」とあります。今回「強調」としたのは単に「保持」するだけではなく、「監査の全過程を通じて」職業的懐疑心を保持しなければならず、不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況を看過しないように何かを見つけた時は職業的懐疑心を「発揮」して深く突っ込む必要があること、さらに不正による重要な虚偽の表示の疑義に該当するかどうかを判断するために職業的懐疑心を「高める」ことを求めています。

ところで、基準案の前文二4(2)には職業的懐疑心の考え方について次のように述べています。

なお、本基準における職業的懐疑心の考え方は、これまでの監査基準で採られている、経営者が誠実であるとも不誠実であるとも想定してはならないという中立的な観点を変更するものではないことに留意が必要である。
(前文二4(2)途中より引用)

この中立的な立場というシロともクロとも先入観をもたないで監査にあたるという考えとどのように整合を図るのでしょうか。監査基準委員会委員長からは基準案の職業的懐疑心の強調は、不正に対応するときはモードを切り替えて批判的に監査にあたるというニュアンスであり、その他を含め全体として広い概念では中立的な立場であることに変わりない、というようなことをコメントしていました。

職業的懐疑心を「発揮する」「高める」と監査人の「工数」との関係

基準案の中では、職業的懐疑心の程度は、「監査人の行った監査手続で判断される」ものと考えられています。すなわち不正に対応しなければいけないときには、具体的などのような監査手続に落としたか、どういう根拠でその判断に至ったか、どのように評価したのかといったことを監査調書に残すことで判断されます。不正リスク対応基準が画一的に不正リスクに対応するための追加的な監査手続の実施を求めることを意図しているものではないのですが、不正リスクを示唆するような状況では監査人の工数は増加することになります。もちろん影響としてはその他にチーム内のコミュニケーションを増やしたり、経営者とのディスカッションをしたり、監査事務所内で審査をしたり、これらすべてをドキュメント化したりする必要が出てきます。

協会会長による総括

最後に協会会長から総括がありましたが、今回不正リスク対応基準は、基準として格上げすることにより、監査人も襟を正し、結果として投資家の監査に対する期待ギャップを少しでも埋めることができるよう取り組んでいく、というものでした。