リスクはあるかもしれないと信じなければ見えないもの(明治機械押込・架空売上その2)

リスクとは、潜在的なものです。ですので意識して、「そこにリスクがあるかもしれない」と思わない限り、その存在を認識することはできません。

以前リスクマネジメントに関する研修テキストでリスクを説明するスライドに「宇宙人」のイラストが描いてありました。
海外で作成されたテキストだったので、最初にみたときは「ユーモアがあるな」ぐらいにしか思わなかったのですが、研修後にテキストを見返したときに、ハッと気付くものがありました。

リスクは宇宙人と同じ?

研修のインストラクター(日本人)からはそのイラストについてコメントがなかったのですが、私がそのスライドに関して勝手に考えたのが、「宇宙人は存在するはずがない」と思っている人には(たとえ目の前に宇宙人がいたとしても)決して認識することはできない。「宇宙人は存在するかもしれない」と思って注意していると気づくことができる(かもしれない)ということです。

おそらく、このことはリスクについても同じで、潜在的なもの、目に見えないものだからこそ、「リスクが存在するかもしれない」と注意してみないとリスクを認識することはできない、とその作成者は言いたかったのではないでしょうか。

宇宙人のイラストを使って、一瞬でアイ・キャッチをさせ、リスクの本質を理解させるという表現力に感心したのを覚えています。

ところで、前回エントリーしました明治機械の押込売上・架空売上の事案においては、経営者による内部統制の無視(内部統制の限界)という部分もありましたが、業務プロセスに係る内部統制の整備の観点から、もう少し早期にリスクを認識し、手を打つことはできなかったのかを検討してみます。

注:本記事は当該事象が一般的な会社でも起こりうる可能性を鑑み、業務プロセスに係る内部統制の観点から実務上の参考になることを目的に整理しています。特定の会社の経営管理のしくみや監査人対応を批判・批評することを意図したものではないことをご了承ください。

業務プロセスの概要と売上計上基準

本事案における業務プロセスの概要と売上計上基準は次のとおりでした。

(2)明治機械及びラップ社の事業の流れ

ラップ社は,シリコンウェハー研削・研磨機の開発・製造・販売事業を行っており,装置機械の製造は外部業者(HA社など)に委託していたが,さらに,明治機械との業務提携により,設計,開発をラップ社において行い,製品の製造は外部業者に委託し,当該製造委託先から明治機械が仕入れ,ラップ社が販売顧客を開拓し,販売先が確保できた段階でラップ社が明治機械から製品を仕入れて,顧客に販売するスキームが下記図のとおり確立された。なお,製品自体は,製造委託先から顧客に直接納品される。

(3)ラップ社の特色

ラップ社H氏の説明によると,シリコンウェハー研削・研磨機は,通常は受注後にその仕様のもとに製造するものであるが,ラップ社は,競合大手他社に対抗するため,各社の設備投資計画の情報を予め収集し,どの会社がどのような装置機械をどの時期にどれだけ必要とするかを把握した上で,同研削・研磨機の基本的な部分を先行して製造し始めること(先行手配)により,納期の早期化と大幅な値引要求への対応を実施していた。

(4)ラップ社の取引先との決済条件及び売上計上基準

ラップ社の取引先との決済条件は様々であり,国内の得意先との間では,主に検収後の支払が多いが,海外の得意先との間では,①信用状取引の他,②検収完了後の回収,③船積後一定割合の回収(約7 割前後,残額は検収完了後の回収)等がある。ラップ社は,収益の計上基準として,出荷時点で売上を計上するいわゆる出荷基準を採用していた。

(「調査報告書」第三者調査委員会より引用)

問題となった海外得意先を含め、多くの取引では、得意先の工場で製品の設置が行われ、同機械を使用して半導体等の試作製造を経て検収が行われることが代金支払の条件となっています。その一方で、売上計上は出荷基準ですから船積書類をもって計上していることになります。

特色として「装置を先行手配」していることも、注文書を捏造(正式注文書を後で入手する前提の場合もあり)する押込・架空売上の機会をつくっていたようです。

業務プロセスを可視化することでリスクを認識できるきっかけになる

もし、上記の業務プロセスをフローチャートなどで可視化をしていたら、どうでしょうか。想像で描くことは控えますが、フローチャートを見て次のような問いかけをしてみると気づきがあったかもしれません。

  • 売上はどのタイミングで実現したと考えるのが妥当か
    得意先にて検収が実施されるまで返品される可能性が残るわけですから、売上の計上基準として「検収基準」の採用を検討できたかもしれません。
  • 架空売上の可能性はあるか
    売上の計上基準として「出荷基準」を採用した場合でも、出荷から顧客引渡しに期間を要すること、すなわち納品を確認せずに売上計上している実態が見え、架空売上の可能性が残ることを認識できたかもしれません。

上記のような検討をしたうえで、架空売上のリスクを認識できれば、仮に架空売上がが発生した場合に、適時にそれを発見するためのモニタリング指標も設定できます。

今回であれば、売掛債権の滞留情報がそれに該当します。

もし、業務プロセスに目を向けないとどうなるか

このように、潜在的なリスクを認識するには、その発生元になっている業務プロセスを見える化することが有効です。

しかし、もし業務プロセスを可視化しなかったら、(可視化まではしなくても意識できれば良いのですが、)事象の原因となっている業務プロセスに注意を向けなかったらどうなるでしょうか。

この場合「売掛債権が滞留している」という事実だけに関心が向いてしまいます。そのため、債権の回収可能性は大丈夫か、資産性は大丈夫か、という議論ばかりしてしまうかもしれません。

冒頭で、リスクは宇宙人と同じかもしれないと言いましたが、リスクはあるかもしれないと信じなければ見えないものではないでしょうか。