不正調査の質はどんな仮説を構築できるかで決まる(コーナン商事-第三者委員会の調査報告書)

ある事実を解明しようとするときに、情報の収集や観察は欠かせませんが、そもそも何を求めようとしているのかが明確になっていないと、必要な情報も効率よく収集することはできません。同じことは不正調査においても言うことができます。

不正調査では「このようなことが起こっているに違いない」という仮の答えを持ちながら、それを検証することを繰り返して事実を解明するアプローチを採用します。これを仮説検証アプローチといいますが、このアプローチで最も重要になってくるのが、最も確からしいと考えられる仮の答えを構築する力です

今月6日に公表されたコーナン商事の第三者委員会の調査報告書は、この仮説検証アプローチを具体的にどのように適用しているのか、参考になるところがありましたので、今回はご紹介します。

スパイラス

不正調査において仮説検証アプローチが求められる理由とは

不正調査を実施するのは、不正が発覚したときだけでなく、不正の発生が疑われる場合や不正を示唆する状況を識別した場合もあります。

不正は、通常、内部統制が存在しないまたは有効に機能していない領域で発生します。また、その不正の手口も複雑・巧妙になっているため、広範な情報収集によって、より多くの兆候等を把握しなければいけません。さらに、不正調査には強制捜査権がなく、証拠となる資料の提出も任意の協力に基づきます。

このような不正調査の性質から、不正の実態を解明するためには、一定の仮説を構築し、その仮説が立証可能かどうか判断するために検証を実施するアプローチがとられます。

不正調査では仮説検証サイクルを繰り返す

不正調査では、十分な情報を収集し、その情報を分析することによって仮説を構築します。検証結果として不正の手口が解明できることもあれば、不正の手口に適合しない場合もあり、その場合は立てた仮説を棄却して再構築・再検証していきます。

このように情報の収集→情報の分析→仮説の構築→仮説の検証というサイクルを繰り返すことで実態を解明していきます。

以下では、コーナン商事の第三者委員会の調査報告書の中から、海外取引に係るリベートの調査(X氏による仕入取引先からの不適正な資金の受領の有無)についてどのような情報の収集・仮説の構築・仮説の検証が行われたかをみてみます。

情報収集

第三者委員会の調査報告書によれば、海外取引に係るリベートの調査を含め全体として、次のような調査方法を実施しています。

  • 関連書類の閲覧(契約書、議事録、取引書類、決算書類など)
  • 電子データの閲覧(電子メール、基幹システム等)
  • ヒアリング(社内外)
  • アンケート(社内外)
  • 現地調査

第三者委員会の調査は期間的な制約を受けることも多く、本事案でも調査期間は10月15日から11月1日と土日含めて18日間しかありませんでした。

今回の情報収集で目を引いたのが、アンケートによる情報収集のボリュームです。

  • 従業員(659人に実施、回答率90%)
  • 海外取引先(176件に実施、回答率51%)
  • 国内取引先(126件に実施、回答率89%)

これらアンケートを通じて、従業員・海外取引からは、不適正と思われる取引に関する情報と仕入業者及びその他取引先からの不適正と思われる資金の受領に関する情報を入手し、国内取引先からは、コーナン商事の役職員(親族・密接な関係者含む)との取引の有無、内容に関する情報の提供を求めました。

仮説の構築と検証

不正調査における仮説の構築では、いわば性悪説にたって、ワーストシナリオを想定します。調査報告書の性質上、結論とその根拠の説明が主となるため、すべての仮説と検証の過程が明確になるような書き方はされませんが、ここでは、仮説検証サイクルを理解することを目的に、筆者にて調査報告書より読み取れる範囲で仮説検証サイクルの考察(一部再現)をしてみます(もちろん、現場における実際の作業を表すものではありません)。

最初の仮説と検証

第三者調査委員会が、最初に立てた仮説は、次のものと考えられます。

【仮説】
X氏について、仕入取引先から不適正な資金の受領がある
【検証結果】
売買の発注履歴に問題があるとの情報を収集し、問題が認められた十数社(海外取引先)を中心に取引書類及びX氏の同取引先等関係者との電子メールを4年分さかのぼって検索し、リベート(利益供与)の合意又は実際の金銭の交付(経済的利益の供与)を示す書類の有無を調査した。
その結果、X氏とこれら取引先の間で行われたリベートの合意またはリベートのやり取りそのものを直接証明する証拠は見当たらなかった。

(第三者委員会調査報告書からの引用を含む)

上記のように、X氏による仕入取引先からの不適正な資金の受領の有無について、X氏と緊密な取引先の兆候がある取引先を中心に、調査をした結果、リベートの合意・やりとりそのものを直接的に証明する証拠は発見されませんでした。

しかし、その一方で、ヒアリングや銀行口座の照会などから、X氏の保有する銀行口座に説明ができない不透明な収入が存在することが強く推認されたことを受けて、次の仮説を構築します。

次の仮説

【仮説】
もしX氏がその権限を行使して行わせた取引が、コーナン商事にとって合理的な理由がないにもかかわらず経済的に不利であった場合、取引先がX氏又はX氏に近い関係者に、リベートを含む何らかの経済的利益を供与していることが推認される。
≪経済的に不利な取引の類型≫

  1. 通常は新製品の開発又は既存取引の更新において、競合先からの合理的な相見積の取得による入札に基づくことが予定されているにもかかわらず、政策取引先との取引については入札が排除され、又は入札結果が政策取引先からの要請又は後から提出される僅かに有利な見積もりによって覆されるケース。
  2. 適正以上の在庫量が存在するにもかかわらず、合理的な販売予想を超えた在庫の積み増しのための発注が指示されるケース。
  3. 不良品や納期・数量違反で納入されることが同一商品に反復して(2度以上)繰り返され、改善がなされないにもかかわらず、別取引先への変更が認められないケース。
【検証結果】
経済的に不利な取引の事象が発生しているか、又はその頻度が高い取引先を抽出し、基幹システム等データベース及び取引記録を照会し、関係者へのヒアリングを実施して確認した結果、合理性が認められない取引が存在した。

(第三者委員会調査報告書からの引用を含む)

実際の現場における仮説検証サイクルでは、上記のように単純ではなく、何度も繰り返されてスパイラル・アップする形で実態の解明が進められたと思います。しかし、調査報告書でも明示されていた後半の仮説の構築や経済的に不利な取引の類型は、情報の収集や分析、仮説の検証作業に対する調査委員のベクトルを一致させる重要なポイントだったと思います。調査委員は、構築された仮説を受けて、取引ごとのヒアリングにおける発言と客観的な証拠との食い違いや、他の回答者との不整合などを丁寧に確認して証拠を積み上げています。

もし仮説がそれなりのものであれば、調査報告書の結論もそれなりのものとなります。また、通常、不正調査の調査期間は短く、作業の手戻りは致命傷になりかねません。したがって不正調査では、この仮説の構築が調査報告書の品質に大きな影響を与えると言えます。

リベートを含む何らかの経済的利益の受けた直接的な証拠が得られない中、できる限り質的・量的に十分な情報を入手して(偏見や先入観を感じさせない)結論を導いた第三者委員会の粘り強い取り組みが伝わってくる調査報告書でした。

上記より導かれた本事案の結論

上記は仮説検証サイクルを理解するために調査報告書の内容をピックアップして整理していますが、不正調査に関心を持たれる方はぜひ一読することをおススメします。読み手に伝わりやすい報告書の例だと思います。

ちなみに第三者委員会の調査報告書における結論は次のとおりでした。

結論(海外取引に係るリベートの調査について)
X氏と緊密な取引先・・・との間には、コーナン商事にとって合理性が明らかに認められない取引が存在する。X氏が、政策取引先との間で、コーナン商事の利益を損なう取引を強く推進している事実、並びに、香港及び中国にX氏がその存在理由を合理的に説明できないX氏名義の銀行口座と預金残高が認められる事実からは、これら政策取引先からX氏個人又はX氏に近い関係者に対して、当該取引に関連して、リベートを含む何らかの経済的利益が提供されていることが強く推認される。
(第三者委員会調査報告書からの引用)

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Akiyoshi KANEKO

業務プロセスを可視化(モデル化)し、その可視化されたドキュメントを中心においてプロジェクトを推進するアプローチを提唱している。経理・財務分野を主な専門領域として、業務プロセスの改善やシステム構築、組織体制の整備に関するコンサルティングに従事。プロジェクト現場では、「お互いの仕事を理解する」「現状の課題を共有する」「考えていることを相手に伝える」「新しいしくみを共有し実行まで落とし込む」よう関係者間の橋渡し役として活動する。著書『内部統制評価にみる「重要な欠陥」の判断実務』『阻害要因探しから始める決算早期化のテクニック』
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