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前回のエントリーでは、基幹系業務システムの再構築プロジェクトの中で、ある特定の勘定科目の計上に至るプロセスにおいて、「経理部門への月次締めデータを従来より1日早める」と「確定データの精度を向上させる」というトレードオフの関係にある目標を共に達成するためのアプローチを述べました。

具体的には、業務プロセスを構成する各アクティビティを分析し、クリティカル・パス上で早期化上の阻害要因になっているアクティビティはスピードアップする一方で、そこで生み出したバッファー(余裕日程)を精度向上のキーとなるアクティビティに振分けるというものです。

そして、その課題解決をするためのツールとして「PERT図」を使って現状の分析と日程を再配分した業務プロセスを設計するのが有効であると説明しました。

今回は、単純な業務モデルを例にして、その手順を確認していきます。

どうしてこのアプローチを薦めるのか

月次の締めデータを1日早めるとか、データの精度を向上させるとか、「何が問題かわかっている」と思われがちですが、わざわざPERT図を描くのは「何が問題か」を経験や勘ではなくロジカルに把握することが解決への最短の道のりになるからです。

もっと言えば、”こうすれば達成できるはず”のように考えることで、目標達成のための改善要件を明確にしたり、その改善要件を満たすためのアクションをしたときにどのような影響があるか、業務およびシステム変更による影響を把握することができたり、新たな課題がないかをシミュレーションしたりしやすいからでもあります。

現状のPERT図の確認

前回紹介した抽象的な業務モデルをベースにPERT図を作成します。実際のプロジェクトで作成するPERT図は下図のような単純な連鎖でなく、アクティビティが分岐や結合をしながら一連の業務プロセスが遂行される状況を表しますが、目標日程の配分を検討することに着目したいので単純化したモデルで検討します。

現状PERT図

現状スケジュールと目標完了日を確認する

下のPERT図は、現状のPERT図にアクティビティの所要期間と、全体の日程を1日短縮して6日間で完了する目標を書き込んだ状態を表します。

PERT図(目標入り)

早期化で期待される短縮効果を見込む

次に阻害要因(ボトルネック)となっているアクティビティについて、改善の方向性による日程短縮効果を織り込みます。例えば、システムの再構築プロジェクトの中では、一般にシステムによる自動化を中心に作業時間の短縮を図りますので、下のPERT図でも改善の方向性として手作業のアクティビティの自動化を組みこんでいます(数値は例示です)。

PERT図(期待効果)

システム再構築に伴う業務設計の段階でPERT図を適用することによって、この早期化で期待される短縮効果は、新しいシステムにおけるパフォーマンス要件として処理時間の目標や、バッチからリアルタイム連携といった機能要件につながっていきます。

通常、このような早期化の改善要件とシステム要件との間における作業上の連動は、システムの外部仕様を固めるまで適時行うことになります。

また、早期化作業において時間の把握単位は、基本「日」単位で十分なことが多いのですが、最終的な詰めの段階ではアクティビティによっては「時間」単位になることもあります。例えば、終了時間として「第4営業日の14時まで」と表現したり、所要時間として「2時間」のような目安の立て方をしたりします。

ここで上のPERT図で早期化によって生み出されたバッファー(余裕日程)を確認してみます。

早期化で期待される短縮効果

=アクティビティBの短縮日数+アクティビティCの短縮日数+アクティビティDの短縮日数

=△((1日-0.25日)+(2日-1.5日)+(1日-0.25日))

=△2日

システムによる自動化を中心とした日程短縮効果は2日間と見込めますが、全体日程の短縮目標(7日→6日)に1日を割り当てますので、その目標完了日をクリアする前提でバッファーは1日となります。この1日を精度向上のためにどのように使うべきかを考えることになります。イメージで描くと下図のようになります。

PERT図(日程配分)

改善PERT図の代替案を作成する

システム再構築によって期待される日程(時間)短縮効果から余裕日程を把握できましたので、それを精度向上に寄与するアクティビティへと振り当てます。ここでは、確定データの修正が発生していることに対して「何故か」をメンバーで考えます。

日程を増やさずに解決できればそれで良いのですが、正確性を確保するために目標を仮設定します。今回のケースでは、典型的には次の二つの改善PERT図を描くことができます。

一つはアクティビティAへ振り分けるパターンです。顧客からのデータ受領を含め基礎データの入力精度そのものをあげる方法です。

PERT図代替案1

もう一つはアクティビティCへ振り分けるパターンです。事業部門の管理担当者によるチェック作業を念入りに行う方法です。

PERT図代替案2

どちらでも良いのですが、管理部門によるチェック作業のように後工程のプロセスで誤りが発見されるほど、その修正作業は煩雑になることが多いです。そのため情報の精度を向上させるための正確性の確保は上流のアクティビティで実施されることがおススメですが、実際にはそれぞれの案を採用することによって新たな問題も出てきますので、影響を含めて検討の上、プロジェクトとして改善の方向性を決定していきます。

なお、ここでの日程配分はあくまでも仮です。業務改善作業を前に進めるためのものであって、システムの再構築が進む中で前提条件が変わってくることもありますし、実現可能性をみてここで決めた日程配分を見直すこともあります。

(補足)PERT図を利用するメリット

以上が、課題解決をするためのツールとして「PERT図」を使い日程再配分を検討した業務プロセスの設計作業のイメージです。単純なモデルながらもPERT図を使用するとロジカルな検討ができることがわかります。

さらに、現実のプロジェクトで利用してみるとさらにその効果を感じることができるのは、コミュニケーションギャップの解消に役立つということです。現場で課題を抽出したり、改善の方向性を見出す作業では、特定の部門だけが対象となっている場合に比べて、複数部門が関与してくるとコミュニケーションギャップが発生しやすいからです。

今回も、「なぜ、確定データの誤りが発生するのか」について議論するときも次のようなコメントが出ていました。

  • 「顧客からデータの入手が遅いから仮で入力するため後で修正が発生する」
  • 「基礎データの入力は時間がない中でやるので間違えがでている」
  • 「仮確定後のレポートを見ないと基礎データの入力が正しいかどうかわからない、確定データの修正を発生するのはレポートのチェック漏れが原因だ」

などなど、要約するとこのような感じなのですが、これらの議論をPERT図のような可視化ドキュメントなしで進めると、議論がかみ合いにくく、どの主張が正しいかも判断しにくい状況になります。

こうしたときに肝心なのは、「主張を裏付けるデータをとる」ことであり、そのために「可視化したドキュメント(ここではPERT図)に戻る」ことができると、議論をたてなおすきっかけになります。

最後に

残念なことに、情報システムの設計から構築フェーズでは作業が進むにつれて、「システムが稼働する」こと自体が目標となってしまうことも少なくありません。構築フェーズの開発作業における課題が大きいと、例えば、業務改善効果のようなものはやってみなければわからないとか、システムが稼働してから課題を潰せば良いというように優先度を下げられてしまうことがあるからです。

システムの導入によって想定していたベネフィットが得られたかどうかはプロジェクトの成否を判断するうえで重要です。そのため改善後の業務運用をシミュレーションすることが、システム導入によるベネフィットの享受を確実なものにする一つの方法になると思います。

今回ご紹介したPERT図は、決算早期化のように業務のスピードアップを目的とした業務改善に取り組む方にとって知っておくと活用できる便利なツールです。PERT図の描き方、クリティカル・パスの特定方法、阻害要因探しのコツなど、より詳しい内容は、拙著「決算早期化のテクニック(中央経済社)」に書いてあります。

阻害要因探しから始める決算早期化のテクニック