在庫は経営のバロメーター(ニチリン海外子会社における不適切な会計処理に関する調査報告書)

一般に「食欲は健康のバロメーター」と言われますが、経営管理において「在庫は経営のバロメーター」と言われることがあります。これは在庫の水準や推移をみることによって会社の状態をおよそ知ることができるからです。例えば、発注・購買活動に変化がないとき、受注・販売が好調であれば在庫は減少し、不振だと在庫は増加します。逆に受注・販売が安定しているとき、過剰な発注・購買活動を行うと在庫は増加し、控えれば在庫は減少します。営業活動により物が動き、その結果として在庫数量・金額が評価されます。ですので商品の原価率(粗利益率)や在庫回転期間・回転率などに異常が認められたときは営業活動のどこにその原因があるのか、何か手を打つべき問題が生じているのかチェックする必要があります。しかしこのような在庫回転期間・回転率による分析も「何かおかしいかもしれない」との気づきを与えることはできますが、その原因を追跡調査するとなるとそう単純な話ではありません。

2012年11月に公表された開示すべき重要な不備の中で、ニチリンの海外子会社における不適切な会計処理に関する調査報告書では、親会社が子会社からの業績報告を見て「何かおかしいかもしれない」という違和感からその解明に至る経緯が詳しく記載されています。
ここでは在庫管理プロセスの有効性および財務報告の適正性の観点から実態の分析と再発防止策の検討をしたいと思います。

なお、本記事は当該調査報告書に記載されている事象が一般的な会社でも起こりうる可能性を鑑み、業務プロセスに係る内部統制の観点から実務上の参考になることを目的に整理しています。また、記載文中に挿入している図表は調査書報告を参考に筆者がイメージとして描いたものです。特定の会社の経営管理のしくみを批判・批評することを意図したものではないことをご了承ください。

実際に起きた事象

今回、親会社が子会社に対して月次業績報告を義務付けており、その中で当該子会社の売上の増減と利益の増減が連動しない傾向を示していたことに気付き、親会社の取締役会が子会社管理部門である経営企画部に調査を指示したことから究明が始まりました。その後、親会社の内部監査室による定期的な内部統制監査実施時に棚卸資産を重点監査し、在庫金額を過大計上している疑念が高まったとあります。不正発覚後は社内調査チームによる事前調査、調査委員会による調査が実施されています。なお、調査委員会における調査については日弁連の「企業等不祥事における第三者調査委員会ガイドライン」に準拠した形態をとらず、社内調査の結果等を活用し、それに第三者の視点により補完して調査する形態をとっています。

さて、在庫管理に焦点を当てて今回の事案をみた場合次の3つの事象がありました。

  1. バロメーターとしての在庫金額の算出に誤りがあったこと(月次決算と四半期決算でそれぞれ発生)
  2. その誤った在庫金額に基づいて算定された業績によりミスリードされたこと
  3. 営業損失回避のために在庫数値を直接操作してしまったこと

在庫金額計算を簡便化とリスク

在庫金額の算出誤りの一つは、材料比率を用いた簡便的な在庫金額計算のプロセスで発生していました。具体的には、月次決算における在庫金額計算について、簡便的に材料比率(売上に対する材料の割合)を使用して材料使用高を計算し、月初残高と当月受入高の合計額からその材料使用高を差し引くことで在庫金額を算出していましたが、当該比率が著しく低かったため在庫金額が過大に評価されてしまいました。その結果、2011年10月と11月の月次決算は在庫金額が過大に評価され、実態以上の利益が計上されてしまいました(下図参照)。

2011年7月と8月の月次決算における材料比率は同年1月~6月の平均材料比率を用いているのに対して、10月と11月に通常とは異なる(直近の9月の実際の材料比率と比べても)低い材料比率が使用されていたとのことです。これについて調査報告書では、不正の意図があったのではなく単純に誤った比率を採用していた、と説明しています。

再発防止のため内部統制の観点からは、簡便的に一定の材料比率を用いて在庫金額を計算する場合、その比率の決定プロセスや算定根拠の整備、事後的な比率の検証が重要なコントロールになると思われます。

月次決算で材料比率を用いて在庫金額を計算するようになった背景は、調査書によれば「顧客納期優先によるサービスパーツの価格入手遅延等」の事情があったとありますので、おそらく月次決算を迅速に締めることを優先したと思われます。スピードと正確性のバランスは難しいところですが、材料比率一つで利益が変動しますので「実態から乖離した材料比率を用いることにより在庫金額を誤る」という財務報告リスクは重要と思います。実際に当時はグループ他社からの生産移管やタイ洪水による受注減少があり在庫推移は正常な状態でなかったことから、リスクが顕在化していたことになります。

内部統制の費用対効果

在庫金額の算出誤りのもう一つは、生産管理システムにおける棚卸在庫集計表の作成プロセスで発生していました。四半期決算では(月次決算の材料比率による在庫金額計算ではなく、実地棚卸にもとづいた)生産管理システム内の在庫データを使用していましたが、製造部で月末の入出庫データを確定する前に、経理部が生産管理システムから棚卸在庫集計表を作成し、決算に使用したため在庫金額に誤りが発生しました。その結果、2011年第1四半期と2012年第2四半期の決算では在庫金額が過大または過小に計上されています(下図参照)。

これも不正の意図があったのではなく単純に在庫締めプロセスの一部を怠ったのですが、部門間の連携(前工程作業が完了していることの確認)と棚卸在庫データが部門・システム間を渡って変換・集計される都度、計上元になる資料・証憑との整合性を確認することが重要なコントロールになります。おそらくなぜそのような誤りが起きたのかと問われれば、経理部側は「いつものスケジュールから生産管理システムの在庫確定は終わっていると思った」「製造部に確認することを忘れた」と言い、製造部側は「経理部に連絡をすることを忘れた」「当然、在庫確定したデータを使用していると思った」と言うのではないでしょうか。

業務実施者がリスク自体を認識していない(=対応するコントロールの重要性を理解していない)と、このように”実施されない”リスクが残るため、さらにコントロールをかけるという対応をとらざるを得ません。今回も再発防止策としては親会社から海外子会社の会計処理に対する監視(子会社会計システム内データの親会社による閲覧)や統制(取締役派遣、管理基準の標準化と運用の厳格化)を強化する方策がとられています。

内部統制は「もし・・・だったら」ということを考えるのですが、「統制が実施されないまたは統制を実施したが失敗したら・・・」ということまで含めてリスクとして抽出するとキリがありません。内部統制は費用対効果を考慮して整備レベルを検討しますが、意外と忘れ去られているように思うのが、内部統制の整備費用を抑えるためにはリスクとコントロールの内容を業務実施者がきちんと理解・共有できるようにすることが効果的です。

在庫数値を直接操作することの怖さ

実際に不正操作が行われたのは経理部PC内の経理在庫品集計表(スプレッドシート)の数量に対する改ざんでした。経理部と製造部が実地棚卸済みの在庫を無作為に抽出し、一律数倍または一定率を乗ずることで数量を操作し、それに基づく棚卸資産残高で決算をしていました(下図参照)。

在庫数量は実地棚卸をした数量が正しい数量ですので、その後の決算で実地棚卸に基づく正しい決算をするとそれまで過大(過小)計上されていた状態が解消されます(実際には業績が見通しどおりにいかないと解消も予定通り進まないです)。
冒頭で在庫は経営のバロメーターと言いました。在庫は利益に直結するため簡単に不正操作ができるとか、一時的な操作であれば取り戻せるとか考えてしまうかもしれません。しかし、本来在庫のような結果指標そのものを直接操作してしまうのは経営上の判断指標を自ら手放してしまうことと同じと言えます。

在庫数量・金額に対する違和感があったとき、結局はその在庫数量・金額が作成された過程を地道に遡っていくしかありませんし、そこで突き止めた事実が会社で起こった(起こっている)ことになります。