架空循環取引の再発防止策としての内部統制の改善と事業の迅速性と健全性のバランス(椿本興業)

内部統制というのは、事業を迅速かつ健全に遂行するために、経営者が自社のリスクを許容可能な水準にまで抑えるよう整備するものです。しかし、内部統制のように目に見えないものの整備は、事業の迅速性と健全性のバランスをいかにして図るかのが適当か、その判断が難しいところです。また、一度整備した内部統制が継続的に有効に機能しているかどうかモニタリングすることも大切で、当初のルールが実態と乖離しているのであれば、ルールどおりに業務を運用するように是正するか、ルールが不適切だった場合にはルールそのものを見直します。

2013年3月期の内部統制報告書で開示すべき重要な不備があり内部統制は有効ではないとの評価結果を報告した椿本興業では、架空循環取引が判明したことにより、従来の内部統制の見直し’行っています。同社が5月に発表した改善報告書では、架空循環取引の再発を防止するためにどのように内部統制を見直して改善を実施したのか、また、ビジネスを優先させるのか、それとも管理面を優先させるのか、そのバランスのとり方は参考になりますので、今回はご紹介します。

バランス

架空循環取引の概要

今回の架空・循環取引では4種の不正取引が行われていましたが、損益に与える影響が大きなものとして、納入実態のない架空・循環取引がありました。不正取引が目的としていたものは、共謀先のA社が運転資金不足となったのを、当事者の元部長が会社より資金を融通しようとして画策したものです。

取引イメージ

架空循環取引は、経済的には、資金を取引先間で回すファイナンス行為です。今回も資金不足になるまで続きました。

  • A社に資金供給をするための架空・循環取引において、生じる見掛け上の債権・債務の決済資金の振り出し元は椿本興業になる。
  • しかし、A社にとって仕入代金の決済資金を入金分だけで賄うことはできないため、不足分を自社で調達し上乗せして支払うこととなっている。
  • この架空循環取引以外の不正取引によって捻出されるプール金はありますが、この種の取引に関してA社には決済資金は手元に残らず資金は常にショートしていたと推測されます。

    結局は、棚卸資産が増加し、売掛金残高も滞留していて、与信限度内に取引を制御できていないことと、取引全般が不透明であることから、一連の取引を中止したところ、それまで正常取引を装っていた架空・循環取引による資金の循環が止まり、当事者の資金繰りが困って事実が判明しました。

    当初想定していた架空循環取引の防止策としての内部統制

    本件で顕在化した「架空循環取引により実体のない売上・仕入が計上されるリスク」について、当初想定していた内部統制は次のとおりです。

    • 営業部長職以上の上級職員は受注・発注に係る伝票を起案しない。すなわち、上級職員は部下が起案した伝票を決裁する。
    • 1件1000万円以上の売上物件については、担当部長から、客先注文書を経理部門に提出する(つまり、1000万円未満の物件については客先注文書の提出が不要である)。
    • なお、会社としての実在性の確認は未実施であった。

    背景にある顧客未着の営業スタイル

    上記のように業務プロセス上の内部統制を重装備にしていなかった理由は、椿本興業が顧客密着型の営業スタイルをとっていることと関係します。客先要求能力に応じた仕入先選定から、客先への見積書提出、客先要望事項の仕入先への伝達、現場据付工事の立ち会い、客先への引き渡しなどの営業活動や、さらには、売上処理後の売掛金の回収状況の確認や仕入先への支払指示など、営業担当部員がほぼ一人で営業事務処理を管理・実行するという営業スタイルでした。

    こうした顧客密着の営業スタイルが、顧客との信頼関係を築き、ひいてはリピートオーダーの獲得に繋がっていました。

    全社的な内部統制が良好である前提

    このように特定の営業担当者が特定の顧客への活動全般を担当する環境を整えることで営業効率の向上を図り、業務プロセス上の内部統制は最低限のチェック機能を組み込んで運用していました。これは、現場にはより多くの権限を与えて機動的に活動してもらいたいという経営者の意思の表れと言えます。しかし、このような内部統制の整備に対する考え方は、内部で定めた規定の主旨を理解しコンプライアンス意識を高く持って業務を遂行するという全社的な内部統制に依存して成り立つものです。

    架空循環取引が内部統制によって発見されなかった理由

    このような状況で今回の事件は、上級職員である元部長が、経営者の内部統制に対する想いを無視して、営業効率の向上を図ることを優先した仕組みを、仕入先との癒着のための仕組みとして利用したことによります。

    内部統制によって発見されなかった理由としては、例えば、社内ルールを無視して、受注した案件について部下に注文番号の記載を依頼したり、無断で部下の注文番号を使用して作成した伝票を使って、仕入発注から債権回収までの手続を一人で実施していました。また、決裁権限や甘い収益管理の環境を悪用して実物件取引に水増し・架空工事代金の追加発注などをしていました。

    このように統制行為を働くべき上級職員によって内部統制が実施されなかった(無視されていた)ことが有効に機能しなかった理由です。

    架空循環取引の再発防止策としての内部統制の改善

    経営者としては、全社的な内部統制に依存することができないのであれば、業務プロセス上により強いコントロールを組み込むしかありません。

    今回椿本興業において取り組まれた業務プロセスレベルの内部統制に関連した改善事項は主に次の内容です(改善報告書より筆者にて抜粋・要約)。

    営業部門における発注権限の廃止

    • 業務課を設置し、受注部門と発注部門の職務分掌を実施
    • 発注先選定の際、技術内容にかかる事前審査を連結子会社が行うように変更する
    • 営業門担当者は、発注依頼書(全件)に①エンドユーザー-客先-当社-仕入先-エンドメーカーの取引形態図、②客先注文書、客先への見積書、③発注先への見積書、仕様書、図面、工程表、打合せ議事録を添付する
    • 上記発注依頼書と添付資料は、業務課所属の営業熟練者がその妥当性を確認する

    注文書フォームの統一

    受発注システムへの入力、発注先への統一注文書の出力と送付、客先に対する納品書及び請求書の発送業務、印章管理(支店印ほか)をすべて業務課で実施する

    直送取引にかかる現品確認

    6ヶ月ごとに、発注残の中から現品確認の対象を抽出し、納入先での搬入時またはメーカーでの出荷時に現品確認を行う。対象は過去1年間において累積発注額が3,000万円以上の発注先のうち、1件300万円以上の発注残があった場合の当該仕入先の全社とし、各社ごとに任意の1件を抽出して、業務課員または技術審査子会社社員のいずれか1名と、内部監査室員あるいは経理課員のいずれか1名とが共同して、現品確認を行う。

    定期的人事異動の実施

    取引先との癒着や不正行為が隠蔽されにくい環境を整えることを目的に、定期的人事異動の仕組みを構築する。また、同一部署の在籍期間の制限を実施する。

    上記と合わせて、コンプライアンス意識の徹底とコンプライアンス規定の新設、支払業務の厳格化、各種規程の見直しと実務運用の徹底を実施しています。

    事業の迅速性と健全性のバランス

    椿本興業では上記のように、再発防止に向けた改善策に取り組んでいます。見直し前の内部統制と比較すると、営業効率よりも想定されるリスクについてはできる限りの対応をするように管理面を重視する内部統制となりました。

    考え方としては、今回の事案を特定の営業部門の顧客特性や上級管理職のコンプライアンス意識の問題として、当該部門の人員再配置と直送取引かかる現品確認の実施などに限定した改善策も考えられると思います。他の営業部門の担当者からすると営業活動に機動性がなくなることで案件獲得に影響があるかもしれないとか、客先と仕入先の間にたって自分が商売をしているというモチベーションに影響があるかもしれないとかいった声もあったかもしれません。

    しかし、コンプライアンスに特化した規定の未整備や役職員におけるコンプライアンス意識の希薄さがあったことを鑑みて、これまで問題がなかった営業部門を含めて、もう一度全社的にコンプライアンスの強化を図ろうという経営者の意思が勝ったのではないでしょうか。

    内部統制の構築において、事業の迅速性と健全性のバランスは事業環境の変化や内部環境(組織、情報システム、業務運用変更など)の変化に伴うリスク再評価と内部統制の成熟度に応じて見直していくものです。椿本興業でも内部統制の継続した改善に取り組む中で、再度営業効率を向上させる方にバランスを取り直すかもしれません。

    (本記事は、このような事例が一般的にも起こりうることを鑑みて、架空循環取引の再発防止策としての内部統制の改善を検討する際の参考になることを目的として書いています。特定の会社の経営管理のしくみを批判・批評することを目的としていないことをご理解ください。)