内部統制の限界と決算財務報告プロセスの不備改善(SJI)

内部統制(コントロール)の行為そのものは業務プロセスを通じて実施されます。そのため人が実施する統制行為では、「うっかり忘れる」とか、「やったけど見逃してしまう」といった可能性がつきものです。前者はコントロールが実施されない可能性を表し、後者はコントロールの実施に失敗する可能性を表します。

もし、これらの可能性を重要なリスクと捉えた場合、さらには、これらの事象が顕在化してしまった場合、どのような対応策をとることが可能でしょうか。

内部統制では、コントロールが実施されない、または、コントロールの実施に失敗することをリスクとして認識し、コントロールを2重・3重に追加するような形で整備・運用するとキリがありません。このことは、内部統制の整備及び運用には、費用と便益との比較衡量が求められる、すなわち、内部統制は固有の限界があるため、その目的を合理的な範囲で達成しようとする本質にもつながっています。

2014年6月に公表した内部統制報告書で、開示すべき重要な不備があり内部統制は有効ではないとの評価結果を報告したSJIでは、海外連結子会社における決算・財務報告プロセスに関連して、重要な不備の再発を防止するための改善策を実施しています。SJIでは、2012年6月にも当該子会社の決算・財務報告プロセスに関連した不備により、開示すべき重要な不備とその改善策を公表しています。

これらSJIがとった二回の改善策は、内部統制の固有の限界(費用と便益の比較衡量)を考えるうえで、また、決算財務報告プロセスにおける不備の改善策はどのような打ち手があるのか検討するうえで参考になりますので、今回はご紹介します。

(本記事は、本事案と同様のことが一般的にも起こりうることを鑑み、決算財務報告プロセスにおける不備の再発防止策を例として、内部統制の改善を検討する際の参考になることを目的に書いています。特定の会社の経営管理のしくみを批判・批評することを目的としていないことをご理解ください。)

決算財務報告プロセスにおける不備が開示すべき重要な不備となりやすい理由

金融商品取引法で定める内部統制の評価報告制度では、財務報告の信頼性に係るリスクに対して、その影響度と発生可能性を許容限度内に抑えるように、内部統制を整備・運用することを求めています。

しかし、決算財務報告プロセスに係る内部統制では、そのプロセスの性質上、実際に顕在化した財務報告上の誤謬を起点に、それが起きてしまった原因が内部統制の不備に起因するかどうかを遡って評価する方法が、本制度への対応として定着しています(少なくとも開示すべき重要な不備を公表した事案を分析する限りですが)。

ここでいう性質とは、決算財務報告プロセスで発生する誤謬が、内部統制の評価基準日(=決算日)を経過した時期に、自社内の決算業務のレビューや監査の過程で発見されるため是正する時間がない、という性質のことを指しています。

そして、そもそもが、税効果や各種引当金の計上プロセスなど、経営者の見積や予測・判断が入るため虚偽記載リスクが大きく、また、決算数値の算出や総勘定元帳への仕訳計上など、財務報告へ直接的な影響を与えることと重なって、誤謬が発生すると開示すべき重要な不備と判断されやすいのです。

誤謬の原因を吟味すると内部統制の不備に行き着いてしまう

ところで、誤謬というのは内部統制の評価上、どのように取り扱われるのでしょうか。内部統制のテストでは、承認やレビューといったコントロールの行為が適時かつ適切に実施されたかどうかについて、所定の方針および手続と照らし合わせて判断されます。仮にコントロール行為が所定の方針および手続から逸脱していても会計数値が正しければ誤謬は起きません。

実は、結果として誤謬が起きてしまった場合、内部統制の評価上は、不備があったと判断されてしまいます。下表は、期末の決算財務報告プロセスで会計処理の誤りが見つかった場合、内部監査部門の担当者など評価者が、当該誤謬の原因が内部統制の不備に起因する問題かどうか吟味するため、業務担当者になぜ間違えたのかヒアリングをし、それが内部統制と関連があるか検討をしたときのパターンを表しています。

実施担当者の回答(なぜ間違えたのか) 内部統制との関連
チェックをするのを忘れてしまった 統制の重要性を理解していないのでは?
チェックしたが誤りを見逃してしまった 業務知識・スキルが不十分かも?
今回の処理はイレギュラーだったから・・・ 本来、必要な業務知識・スキル(で事前に検討すべき)だったのでは?

悩ましいのですが、誤謬を起点に内部統制との関連を後追いで遡ると不備に行き着いてしまうのです。あとは重要性の観点で、単なる不備か開示すべき重要な不備となってしまいます。

リスクはゼロにならない

どの企業も、決算財務報告プロセスの内部統制を構築するときは、(意識しているか別にして)費用と便益を比較衡量し、上位者によるレビューやチェックリストの整備など、自社の経理担当者の知識と経験・人員数などに応じて決算体制を整備している、つまり、リスクを許容限度内に抑えるべく対応したと考えられます。

それにも関わらず、実際に誤謬が発生し、上記のロジックでそれを内部統制の不備としてとらえると、それは残リスクが許容限度を超えていると解釈されます。

冒頭でコントロールが実施されない、または、コントロールの実施に失敗することをリスクとして認識し、コントロールを2重・3重に追加するような形で整備・運用するとキリがないという話をしました。

例えば、ある決算財務報告プロセスの実施担当者Aさんの経験が浅いため、経験者のBさんがAさんの実施した業務を正しく処理されたことを再実施するコントロールを整備しました。しかし、Bさんが再実施をしない可能性をリスクとして考えると、そのリスクに対応するためにさらに上級者であるCさんがレビューするコントロールを組み込みました。しかし、さらにCさんによるレビューでも見逃してしまう可能性があり、それをリスクとして考えると、そのリスクに対応するために今度は外部の専門家によるチェックを組み込みました。しかし、その外部専門家によるチェックでも・・・・・・

もう、お解りですよね。内部統制の整備・運用は、費用と便益との比較衡量が必要であり、コントロールが実施されない、または、コントロールの実施に失敗することをリスクとして認識しはじめると、非現実的な内部統制を構築してしまう恐れがあるのです。

この「費用と便益との比較衡量が必要」という内部統制の限界に関する説明では、よく「ITによる業務処理統制等」を導入することの可否を決定する際に、そのための費用と、その手続によるリスクへの対応を図ることから得られる便益とを比較検討すべき、という例があげられますが、このように人手によるコントロールを2重・3重に組みこむことも同じ話です。

内部統制は、リスクをゼロにする(目的を絶対的に達成しようとする)のではなく、許容限度内に抑える(目的を合理的に達成しようとする)ものであることに留意しなければいけません。

SJI社の対応策

それでは、以上の考え方を念頭に、SJI社の内部統制報告書を見てみます。

まずは、平成24年3月期の評価結果から、開示すべき重要な不備の内容と改善策を確認すると、非定型事案に対する対応が背景にはありますが、研修の実施/要員補強/チェックリスト見直し/事前評価といった子会社内部での改善策が柱となっていることがわかります。

当社の連結子会社であるLianDi Clean Technology Inc.は、平成24年3月期の第3四半期決算の過程において、監査人より第2四半期の会計処理について重要な誤謬を指摘された。これに伴い当社は、平成24年3月期第2四半期の四半期報告書の訂正報告書を提出した。
これは、当社の連結子会社における決算・財務報告プロセスにおいて、企業再編等の非定型事案に対する米国会計基準による会計処理の誤謬を防止又は適時に発見するチェック体制が十分に機能していなかったことによるものである。
事業年度末日までに是正されなかった理由は、当該不備が当事業年度末近くに発生し、期限内に是正措置が完了しなかったためである。
一方、当社は、財務報告に係る内部統制の整備及び運用の重要性は強く認識しており、財務報告に係る重要な不備の是正を図るため、以下の内部統制の運用強化に着手している。
①信頼性のある財務報告を行うために必要な能力の強化策として、連結子会社において適用される会計基準の定期的な研修の実施
②適切な会計処理を遂行するための組織構造及び適切な役割分担の見直しとして、海外子会社連結決算要員の補強
③非定型事象への対応漏れを防止し、適切な会計処理を遂行するための決算業務手順チェックリストの見直し
④信頼性のある財務報告を行うために、懸念される非定型事案に対する事前の会計処理及び開示への影響評価の実施
(内部統制報告書-平成24年3月期より引用、太字は筆者)

次に、平成26年3月期の評価結果では、上記改善を踏まえたうえで誤謬が発生したことから、親会社のモニタリングが不十分、すなわち子会社内部の統制の失敗をリスクとしてとらえて、コントロール(モニタリング)を強化しています。具体的には、親会社財務経理部門、取締役会、監査役、さらには外部専門家によるコントロール(モニタリング)の追加です。

当社の海外連結子会社であるLianDi Clean Technology Inc.は、平成26年3月期決算の過程において、会計処理上の重大な誤謬が判明いたしました。
これは当該海外連結子会社における決算・財務報告プロセスの管理が適切に運用されていなかったために、税金計算等の誤謬が発生したこと、当社の海外子会社に対するガバナンスの実効的な運用、特に、決算・財務報告プロセスにおける当社側のモニタリングを主とした全社的な内部統制の運用が十分ではなかったことに起因するものと認識しております。
よって、当社の全社的な内部統制および連結子会社の決算・財務報告プロセスの一部に関する内部統制に重要な不備があったと認識しております。
以上の本件に係る内部統制の不備の特定は当事業年度末日以降になったことから、当事業年度末日までに是正措置が完了できなかったものです。
なお、上記開示すべき重要な不備に起因した税金計算等の修正措置等は既に完了しており、平成26年3月期の連結財務諸表に与える影響はありません。
当社としては、財務報告に係る内部統制の整備および運用の重要性はもとより強く認識しており、財務報告に係る内部統制上の重要な不備の是正を図るため、以下の内部統制の運用強化に着手しております。
(1) 海外連結子会社における決算・財務報告プロセス全体管理およびプロセス遂行の運用精度・確実性の向上
(2) 海外連結子会社において、外部の専門家あるいはコンサルティング会社の活用による、海外連結子会社所在国の法令・税制・会計制度への適切な対応の実施
(3) 海外連結子会社において、財務報告関係者に対する連結決算に係る社内外の教育・研修の実施
(4) 当社の財務経理部門による海外連結子会社の決算・財務報告プロセスのスケジュールの管理、本社と子会社の連携チェック等の管理とモニタリングの強化
(5) 当社取締役会による、海外連結子会社に対する適時適切な監督・モニタリング活動の管理、本社と子会社の連携チェック等の強化、および監査役によるモニタリングの強化
(内部統制報告書-平成26年3月期より引用、太字は筆者)

大事なのは業務の品質

言いたいのは、コントロールの数(量)よりも、個々の業務担当者の業務品質や統制実施者のコントロールの品質といった質の方が大事であるということです。無尽蔵にリソース(人、お金)があるわけではありませんので、工夫と割り切りが必要です。

「内部統制の整備・運用は、費用と便益との比較衡量が必要であり、コントロールが実施されない、または、コントロールの実施に失敗することをリスクとして認識しはじめると非現実的な内部統制を構築してしまう恐れがある」

このことを理解すると、同じ改善策を読んでも、次のように、濃淡をつけて解釈することができると思いますし、もし、自社で同じような事案が発生したときにも上記SJI社の改善策を参考に自社に合った再発防止策をとることができると思います。

  • 親会社財務経理部門/取締役会/監査役、外部専門家によるコントロール(モニタリング)は追加的なコントロールである。実施レベルが粗いと効果がないため、形骸化しないよう留意しなければならない。
  • 本質的に重要なのは、子会社経理要員の育成である。ある程度時間はかかるが、研修やチェックリストの整備、事前の影響評価など運用の精度・確実性の向上が大事である。