職業的懐疑心を適切に発揮したという主張は実施した監査手続の内容だけが根拠となる(明治機械押込・架空売上)

監査人は監査の実施にあたって、職業的専門家としての正当な注意を払い、職業的懐疑心を保持して監査を行います。したがって、経営者が誠実であるとも不誠実であるとも想定しないという中立的な観点で業務にあたり、そのうえで職業的懐疑心を発揮して不正を看過しないように努めなければいけません。そして、不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況を識別した場合には、職業的懐疑心を高めて、不正による重要な虚偽の表示の疑義に該当するかどうかを判断します。

不正会計では隠蔽、偽装が行われる

ところで、そもそも不正会計かもしれない?と思い、より注意深く批判的な姿勢で臨むようになる、すなわち職業的懐疑心を「高める」スイッチはどのような状況で入るのでしょうか。

不正による重要な虚偽の表示が行われた際、その中では事実が隠蔽されたり、書類を整備するなどして取引が偽装されることがあるため、職業的懐疑心を高めるスイッチを入れるきっかけを得ることは容易ではありません。

3月に開示すべき重要な不備(重要な欠陥)があり内部統制が有効でない旨の訂正内部報告書を提出した明治機械の押込売上・架空売上および不適正な原価流用の事例もこのようにスイッチが入りにくい状況でした。

具体的には、会社は会計監査人に対して次のような対応をしていました。

    • 販売先代理店との共謀による架空注文書の作成
    • 物流業者との共謀による架空出荷案内書兼物品受領書の作成、偽装出荷
    • 販売先代理店との共謀による確認状の虚偽回答
    • 仕掛品の実地棚卸立会時における虚偽説明(立ち会った会計監査人に対し,全く別の仕掛品や簿外部品を示す)
    • その他ヒアリングに対する虚偽回答

(第三者調査委員会および社内調査委員会の報告書より筆者にて加工)

上記のような対応を受けると、会計監査人が不正会計を看過しないように取り組むのも難しいことが想像できるのではないでしょうか。

職業的懐疑心を発揮する、高めるスイッチを入れることができるか

たしかに、結果的に不正会計があったときに、あのときの・・・というように振り返ればそれを示唆していた状況に思い当たることはできると思います。

しかし、問題は会計監査人が、職業的懐疑心を発揮して不正リスク要因を検討し、それらが不正リスクに該当するか、さらに不正による重要な虚偽表示を示唆していた状況に早期に気付いて、職業的懐疑心を高めるスイッチを入れることができるかどうかです。

会計監査人の職業的懐疑心の保持や発揮が適切であったか否かは、具体的な状況において行った監査手続の内容で判断されますが、形式的な手続の実施に終始してしまうと不正会計を示唆する状況を見過ごしてしまうリスクも高まります。

以下、今回の事例で押込売上・架空売上に関して、不正リスク要因を検討すべき事象、不正による重要な虚偽の表示を示唆していた(かもしれない)事象をみてみます。

外部環境として次のような状況がありました。

①半導体業界が急激な市況の悪化に見舞われた

内部環境として次のような状況にありました。

②問題が起きた子会社においては債務超過に陥るか微妙な状況があった
③子会社の幹部には業績目標達成の強い動機(プレッシャー)が存在していた

上記①から③は、不正リスクの評価にあたって考慮すべき事項であると考えます。

次に、財政状態、経営成績に関して次のような状況がありました。

④決算月(3月)に突出した出荷・売上高計上が行われていた
⑤前年度の売上について、多額の売掛債権が滞留していた

この④と⑤では、会計上の不適切な調整の可能性を示唆する状況として、不正による重要な虚偽の表示の疑義が存在していないかどうかを判断するために、経営者に質問し説明を求めるとともに、追加的な監査手続を実施しなければならない状況であると考えます。

さらに、次のような事実がありました。

⑥会計監査人の通報窓口に架空売上の内容を記載した匿名の告発メールが届いた

これは不正に関する情報が寄せられたのですから、不正による重要な虚偽の表示の疑義が存在していないかどうかを判断するために、より注意深く、批判的な姿勢で臨むべく、押込売上・架空売上の可能性を疑い、追加の実証手続を行う必要があると考えます。

職業的懐疑心の保持や発揮が適切であったか否かの判断は実施した監査手続の内容しか根拠にならない

不正による重要な虚偽の表示が発生した場合、後から振り返ればそれを示唆する状況に気付くことができると思いますが、問題はその状況をキャッチして適切に対応できるかどうかがポイントです。

必ずしも会社から協力が得られない状況(本事例においても、告発メールに対する会社の回答は、「事実無根であり、内容についても正確性、信憑性が無い」という結論でした)で、会計監査人が職業的懐疑心を適切に発揮したと後になって主張できるのは、そのときの状況において実施した監査手続の内容しか根拠にならないからです。

(注)本記事は事例をもとに会計監査人がどのような状況で職業的懐疑心を発揮し、高めていくのか考察しています。したがって本事例における実際の会計監査人の対応の是非について言及するものではないことを念のため申し添えておきます。