不正調査ガイドラインが問題視する現状の不正調査報告書の内容

日本公認会計協会が7月2日に経営研究調査会研究報告「不正調査ガイドライン」の公開草案を公表しました。

ここ数年、会計不正事件(資産流用、不正な財務報告など)を対象とした第三者委員会には、必ずといっていいほど公認会計士もその構成委員に参加しています。また、第三者委員会が作成する調査報告書において公認会計士の責任問題に言及されるなど社会的な注目・関心を集めることもあります。

こうした中、研究報告ではありますが、公認会計士が依頼者からの依頼を受けて不正調査業務を実施する場合や内部調査委員、外部調査委員に選任された場合に利用するためのガイドラインが作成されました。

不正調査ガイドラインの設定の背景には不正調査報告書の品質に関する問題がある

この不正調査ガイドライン(公開草案)では、ガイドライン設定の背景が次のように述べられています。

このような状況の中で、公認会計士が実施する不正調査業務に対する社会的責任が増大しているものの、こういった不正調査業務は体系的に整理がなされてはいない。また、公表されている不正調査報告書を拝読しても、不正調査業務の品質が様々であり、適切な不正調査が実施されていないと思われるようなものも散見される。
(「Ⅰ1.(1)不正調査ガイドライン作成の背景」より引用)

ガイドラインを通じて目指すものが、この不正調査報告書の品質向上にあることがわかります。

以下では、ガイドラインが示している姿勢と背景にある現状の不正調査業務および報告書の問題点について整理しました。

ガイドラインが示している姿勢と背景にある現状の不正調査業務および報告書の問題点

不正調査業務への参画について

不正調査ガイドラインでは、不正調査業務に参画する公認会計士に向けて大きく2つの指摘をしています。

1つは倫理面での留意事項として、①誠実性、②公正性、③職業的専門家としての能力及び正当な注意義務を求めています。

もう1つは、そもそも不正調査案件の仕事を受嘱して良いか、受嘱時の判断について記載しています。例えば次のような事項です。

  • 不正調査業務の目的適合性の検討
  • 財務諸表監査と独立性の検討
  • 依頼者との関係性の検討
  • 不正調査人の能力とリソースの検討
  • 不正調査人の役割と責任の検討
  • 調査対象者等の協力の検討
  • その他の不正調査の実施上の制約の検討

第三者委員会については、2010年に日本弁護士連合会が「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」を公表し、多くの企業が第三者委員会の設置にあたって考慮しています。

しかし、第三者委員会は不正事件を起こした企業(の経営者)から報酬をもらい、法的責任のない任意組織として活動しますので、その行為に関する法的権限や根拠はありません(実際に第三者委員会の調査業務が途中で終了するなど、うやむやに終わってしまうこともありました)。

このような点が不正調査業務を実施するうえでの制約となること、引いては調査報告書の品質に関わる問題につながる可能性を踏まえて、ガイドラインは不正調査業務における公認会計士の役割と業務受嘱の判断を示しています。

調査報告書の作成について

次にガイドラインでは、不正調査業務の進め方を体系的に取りまとめています。実務において、このガイドラインに沿って不正調査業務を進めるには、相応のスキルと経験が求められます。

  • 業務計画と管理
  • 情報収集と分析
  • 調査手法や調査手続
  • 不正発生要因の分析と是正措置案の検討
  • 企業等が行うステークホルダーへの対応に関する支援
  • 不正調査業務の終了に関する概念や留意事項

一般に不正調査業務は時間的な制約を受ける(調査・報告までの期間が短い)ことが多く、そのため第三者委員会は限られた時間内に調査して報告書を取りまとめることと、調査結果に対する信頼性を確保することとの間で苦労されているのではないかと思います。

本ブログの中でも内部統制の開示すべき重要な不備の事例分析を取り上げることがあります。不備の原因によっては、公表されている不正調査報告書を参照することもありますが、不正調査報告書の記載内容は時間的な制約などもあると思われ、会社(第三者委員会)によってかなりのばらつきがあることに気付きます。

例えば、調査の目的や調査の基準・考え方、調査の実施方法、調査結果、結論とその根拠が読みやすく記載されている報告書がある一方で、文書の構造的に読みにくい報告書もあります。

また、第三者委員会による調査書が提出された後に、別の調査委員会によってその調査報告の内容の妥当性を吟味するような調査報告書が別途提出された事例もありました。

今回の体系だった不正調査業務や報告書作成のガイドラインは、不正調査報告書の形式面・内容面のばらつきをなくし、品質・信頼性の向上に寄与すると考えられます。

責任の所在に関する記述について

さらに、ガイドラインでは「Ⅶ3.不正調査報告書の作成例」において不正調査報告書の作成例として記載項目とその記載概要を例示していますが、その中の「(8)是正措置案の検討①責任の所在と関係者の処分」の箇所では、調査報告書には調査の結果、判明した不正に関する事実を記述すればよいという主張が隠れていることが読み取れます。

不正調査の目的によっては、責任の所在として、不正関与者及び職務上の監督者等の関係者個人の帰責性の程度に関する調査結果が記載される場合がある。責任の所在は、法的な判断に強く関連する記載部分となるため、法律の専門家以外の不正調査人が自らの意見を記載すべきではなく、あくまで調査の過程で判明した事実の記載にとどめるべきである。
(「Ⅶ3.(8)是正措置案の検討①責任の所在と関係者の処分」より引用)

上記では「関係者個人」とされていますが、このガイドラインで特に意識しているのは会計監査人の責任への言及かと思います。

現在公表されている不正調査報告書を読むと、第三者委員会が会計監査人の責任問題に言及しているのを見受けますが、そこまで主張して良いのだろうかと思う記述もあります。

会計監査人は監査計画をたて、リスクを評価して監査手続を作成し、実施過程で入手した監査証拠に基づいて意見形成をしています。それらは監査調書という形で詳細に記録し保管されていますが、第三者委員会が不正調査業務の過程でこの監査調書を閲覧することはない(第三者委員会の調査に応じるために守秘義務に関して必要となる適切な解除手続を事前に実施した場合を除いて)と思います。したがって監査調書を見ないで会計監査人の責任の程度について言及するのは、根拠として弱いと言えます。

ガイドラインでも不正調査報告書の品質の問題に関連して、公表後に不正調査報告書が社会で一人歩きすることの影響を心配してこのような記述が入ったのではないでしょうか。

(補足)日本公認会計協会では5月17日に会長声明「不適切な会計処理に係る第三者委員会への対応について」を公表しています。その中でも外部調査委員会の委員に公認会計士が選任され不正調査に当たる場合の当該不正調査の目的を、「客観的な事実の確認、原因究明、再発防止策の策定にあることを認識する必要がある」としています。