表紙

以前からとりあげたかった書籍「会計不正~平時における監査役の対応」のご紹介です。所属事務所の公認会計士の竹村純也さんが、弁護士の遠藤元一先生と共著で出された書籍です。お二人とも多忙ながら継続して専門書の出版、雑誌への寄稿、講演といったアウトプットの量が多いのですが、インプットもそれ以上にあるのだろうなといつも感心をしています。

さて、本書の書評はすでにいくつか出ており、その概要は竹村純也さんのP.S.バンブーブログでもご紹介されています。興味をもった箇所は人それぞれですが、個人的には本書の『仮説検証アプローチ”クイック・バージョン”』がとても気に入っています。

ということで、これから本書を手に取られる方やもう一度読み返そうと思っている方へ向けて、読むときの参考になるよう私なりに感じたことを書きたいと思います。

会計不正~平時における監査役の対応

まずは外観ですが、装丁のデザインが素敵です。風格が漂う重厚な専門書のイメージといったところ。

でも、表紙をめくると・・・

とじ込み

とじ込みが、そして、

とじ込み2

ニコちゃんマーク、随分と柔らかいイメージです。

実はこのシート、本書で提言している『仮説検証アプローチ”クイック・バージョン”』を読者が繰り返しコピーして使えるようにととじ込みにしたものだそうです。凝っていますね。

監査役が会計不正に取り組むべき理由

第1章では、なぜ会計不正に対応しなければならないのか、会計不正に対してより深度のある対応とはどういうことなのか、監査役がそれに取り組む必要性があるのかの3点を明らかにし、その上で、監査役が会計不正に取り組むべき、最もふさわしいプレイヤーであることが述べられています。

具体的には、不正概念の整理、「会計不正のサイン」の意味、よくある会計不正に対する誤解など基本レベルの解説に加えて、既存の監査役監査の性質からみる課題(限界)や監査役の法的責任の動向など、公認会計士と弁護士のタッグならではの幅広い視点から論じられています。

「会計不正のサイン」がなくても、監査役監査に仮説検証アプローチを組み込む

第2章では、本書が提案する平時における仮説検証アプローチが解説されています。一般的な有事の不正調査のように会計不正があることを目的とするのではなく、平時においては会計不正がないことを目的とする仮説検証を行うことが必要であると述べられています。

本書では「とりあえず構築」と呼んでいますが、会計不正のサインがない、すなわち発生可能性の高低を判断するための材料がない中で、影響の大きな会計不正の手口をもとに何かしらの仮説を構築することが大事であるというのです。個人的にはこの有事と平時の仮説検証アプローチの目的や考え方の違いについての解説は参考になりました。

上記の第1章と第2章は取り上げられている項目は多岐にわたるものの、平易かつ論理的に解説されているので入門者でも読みやすいと思います。

不正事例を通じてスキルアップ

第3章から第10章は、著者が選んだ不正事例の解説を通じてスキルアップを図ることができます。これらの不正事例の解説では、会計不正の手口を具体化するための「会計不正のスキーム・マップ」や業務プロセスの中で会計不正が発生する可能性がある箇所を特定するための「業務プロセスの単純化モデル」、監査役として会計不正に対応できる環境にあるかどうかを検討する「会計リスクガバナンス」といったツールを用いています。

教材として選ばれた事例とその事例にツールを適用した解説が加えられており、これらを通じて読者が本書で学んだツールを実務へ適用するための疑似体験の場にもなっています。

会計不正の知見ゼロでも使用できる仮説検証アプローチ”クイック・バージョン”

第11章では、平時における仮設検証アプローチの具体的な手順を実施するためのツールとして”クイック・バージョン”が提唱されています。このツールが優れているのは、これまで不正調査の専門家(公認不正検査士や弁護士、公認会計士など)のように、一定の知見がある人にしか実施できないと思われていた仮説の構築・検証手続のハードルを大きく下げたことであり、しかも、平時における不正対応実務に広く利用できるという点です。

短時間で「とりあえず構築」

まだ書籍の構想段階だったと思うのですが、最初に竹村純也さんからこのツールを紹介されて、解説をもとにお試しで利用したときは記入に30分かかりました。いろいろな会計不正を頭に浮かべてしまい、どれを書こうかと先のステップまで考えてしまったことが時間を要した主な原因です。

しかし、今回書籍を読んでから実際にいくつかの仮説を構築してみると、一つの仮説についておよそ7分~10分で魔法の質問から検証手続の構築まで書くことができました。こんな簡単で良いのかなと思うぐらいですが、発生可能性など気にせずに、重要と思ったら2つ3つと別の仮説を構築すれば良いということがわかりました。

監査役をはじめ会計不正に何らかの形で携わる人にとって、このクイック・バージョンを使い込むことによって仮説構築のスキルは確実にあがると思います。

先に「人の内面」に切り込むのがポイント(と思う)

このクイック・バージョンを使ってなるほど!と思ったのは、不正のトライアングルの3つの要素を考える順番です。ステップ5で最初に出てくるのが「姿勢・正当化」で、次がステップ6の「動機・プレッシャー」、「機会」は仮説の構築としてステップ7になります。

平時における不正対応のように、会計不正のサインがないところでは懐疑心をもてるかどうかが大事になります。不正というのは人の内面を取り扱うため、この懐疑心はなかなか持ちにくい性質をもっています。クイック・バージョンでは、ステップに沿ってシートに記入していくことによって、「姿勢・正当化」→「動機・プレッシャー」→「機会」という順序で仮説を構築していくのですが、人の内面のネガティブな要素を自然にとりあげるしくみなっています。

このようなツールを知らない人が、会計不正に関する仮説を構築してごらんと言われると、「機会」である内部統制の穴を最初に見つけようとするのではないでしょうか。この「機会」を最初ではなく、最後に考えるのは仮説を構築するうえで非常に理にかなっていると思いました。

検証手続の立案テンプレート

あとクイック・バージョンのシートを使って仮説を構築し、テンプレートに従ってシート内の記述を集めると検証手続ができあがるしくみになっています。これも入門者にとってはありがたいテンプレートだと思います。ここでできた検証手続を監査役の業務に組みこむことによって、会計不正がないことを目的とする仮説検証ができるということです。

監査役だけでなく、取締役、経理部門、内部監査部門、外部からの立場として会計不正の調査や分析に関わる機会のある専門家など、多くの方に読んでもらいたい1冊です。